- 対談企画 vol.4 漆器産地メーカー 大尾嘉漆器に学ぶ (全二回) -

 
 
 
 

第一回『“モノ”というだけじゃなくて、“コト”

 
 

2021/02/17

  

 

今回の対談企画は少し生産工程の川下に下り、私たちの木地師が作った器を土台に、多彩なアイデアと企画力で様々な商品を生み出す産地メーカー大尾嘉漆器さんとのお話です。
 
明治20年(1887年)創業の大尾嘉漆器さんは、私たち匠頭漆工が創業するもっともっと前から山中漆器を支え続けていらっしゃいます。今回は5代目代表取締役の大尾嘉孝(おおおか たかし)さんにお話を伺うことが出来ました。山中漆器の山あり谷ありの歴史を肌で感じてきた大尾嘉さんだからこそ伝えられる、機知に富んだ伝統工芸の在り方を存分に勉強させて頂きました。
 

 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

"絶対必要なのは、やっぱり商品開発と技術革新だと思います"

 
  
 
 

 
 
 

-大尾嘉漆器さんの会社の二階にあるギャラリーは大尾嘉さんが手掛けた歴代の商品が所狭しと並ぶ宝箱のような場所。そんな商品に囲まれながら色々とお話を伺うことが出来ました。

 
 
 
大尾嘉孝氏/有限会社大尾嘉漆器代表取締役(以下大尾嘉):
私がこの会社で働き始めたのはまさにバブル最盛期の時で、今から比べものにならないぐらい好景気だったんよ。山中漆器を束ねる問屋さんから次々と商品企画が上がってきて、我々はその商品がどこで、誰に、どのように使われているかってことを考える暇もなくガンガン生産をして、その分だけ売り上げが恐ろしほど伸びた時代。その時はギフトも全盛期で、結婚式だと引出物、仏事だったら香典返しなど同一商品が200とか300セットでまとまった数がぽんぽん出てたんです。会社の記念品やお客さんへの贈答品もそう。「誰かに何かを選んで差し上げる」というギフト需要がこの頃は本当に高かったんですね。ただバブルが弾け、情報社会になってくると、大勢の人に同じものを一様に配る形ではなくて、色んなものを個人的にチョイスする時代になった。ものを選ぶのも今まで通り代理店を頼ったりしなくても、自分で情報収集して直接購入することが出来る。だからあくまでもパーソナルチョイス。自分が欲しいものだけを買う。
そうなると、ひと昔前みたいな伸び方はしないのは当たり前ですね。ものが売れない時代になってきている中で、今まで通りに「誰に対しても売れますよ」という一般化した商品づくりをしていると厳しい。だから商品を開発するときに、いくつ位の、年収がいくらぐらいで、どういった方に、どういった目的で購入して欲しいものですっていう企画力がないとモノは売れないと考えてます。3500円だと安いから売れる、5000円だと高いから売れないみたいな凝り固まった考え方に留まるのではなく、1000円のものから10万100万の高級品価格帯まで、色んなニーズに幅を持って山中漆器も展開することをしていかないと。そしてなんでその価格なのかっていう付加価値をきちんと伝えることが必要だと思います。だから絶対必要なのは、やっぱり商品開発力とそれを実現する技術革新だと。それが出来てくると、まだまだこの業界は伸びていくと思う。ただすごくニッチな部分です。対象を絞り込むこと自体もすごく難しい。
 
久保出貴雄/匠頭漆工三代目(以下久保出):
私自身バブル世代ではなく、近年の停滞状態から山中漆器の現状を見てきているので何とかしないと、とは常日頃に思っています。
 
大尾嘉:
カタログ一つ取ってもそう。今までの「ザ・漆器!」みたいなものだと若い人は手にも取らないでしょ。私たちのカタログは2016年のvol.8から思い切ってガラッとイメージを変えました。コンセプトとしては自分達でもみて楽しい、持って帰りたくなるカッコイイカタログ。だから校正的にはもっと写真大きくしないと商品が見えないんじゃないかって実は思ってるし、あれも載せないかん、これも載せないかんって考えがちになるんですけど、イメージ的には一貫性を持ってやろうってことで思い切って一新しました。メディアの部分も、カタログと同時進行でホームページを作り、Web発信が出来るような体制を整えました。24時間どこでもいつでもネットで検索する世の中で、情報が取れる、ものが買えるっていう受け皿を作るのはメーカーとして絶対必要ですよね。そしてそこで「伝える」ことがすっごい大事なんです。だから表面上の『モノ』というだけじゃなくて、『コト』っていうことがちゃんとカスタマーに伝えられるような情報がないとだめなんですよ。だからどんなにちっちゃい商品でも、商品の材質とか塗装の種類とか機能面だけじゃなくて、誰が作ったとか、どういう想いで作っていうことをいじくらしいぐらい伝えるべきなんです。
だからこそじゃないですが、モノを売るというときに必要なのがメーカーの顔でもあるブランド。このブランディングが出来てないと、商品があっちにもこっちにも行ってぶれてしまうから売れなくなる。うちはこの嘉匠菴(かしょうあん)っていう昔からの使っていたカタログの名前を、そのままブランドへという形を取りました。このブランドがうちの看板です。このカタログに出てるものは全て100%自分でデザインしています。色も形状も全て、売価も何もかも自分で。そうすることで、伝えたいメッセージがしっかり伝えられるんです。
 
 
 
 
 
 
 
 

“漆器って冬のイメージが強くて、夏場売れないじゃないですか”

  
 
 

 
嘉匠菴公式ホームページ
 
 

久保出:
この嘉匠菴というブランドは大尾嘉さんにとってどんな想いがあるんですか?
 
大尾嘉:
やっぱり「生活を豊かにする」っていうことですよね。木の器を使うってことで、おうちご飯も楽しくなるしおうち飲みも楽しくなる。それはお箸と同様に、お洋服と同様に毎日使うもんやから、どうせ使うなら愛着のあるもの。陶器、ガラス製品を持ってらっしゃる方は案外多いんですけど、漆器木製品は少ないんですよね。あってもお椀ぐらい。だから色んなシリーズの開発のきっかけっていうのは、そういう方々へ漆器がどう届くかってことかな。勿論以前から脈々と続いている茶道具や高級割烹、酒器なんかもあるけど、新しいものの開発にも力を入れています。
一つ例をあげてみると、久保出さんに木地をメインでやっていただいてるクールカップていうのは夏場に強い漆器の開発をしたいというのがきっかけでした。漆器って冬のイメージが強くて、夏場売れないじゃないですか。夏にも使って欲しいのに。
 
久保出:
ですね…殆ど売れないです。
 
大尾嘉:
7.8月ってすっごい暇なんですよ。そういうの昔から見てて、じゃぁ夏場に売れるもの作りましょうって。だからこのクールカップの開発のコンセプトは冷たい物を飲む器。徹底的にそれに特化してる。ラッパ型をしていて氷も沢山入る様になってます。そして派生アイテムとして作ったのがマグカップ。温かいものも冷たいものもいけますよ、と。クールカップは断面がすごく薄くて重さも60gしかないんですが、マグは同じ直径で外側はストレートで内側は斜めに挽いている。こうすることで器自体の肉持ちを厚くし、最高の熱伝導率の“悪さ”を達成している。要は100℃のもの入れてもまったく手が熱くならない。逆にいうと氷を入れて、ウィスキーを飲んだりとかしても、氷が解けずに全く結露しない。コースターがいらない。そんなカップないでしょ。他にも、香りを集める冷酒カップとかワインに最適なグラスや豆パン皿など、日々のアイデアから生まれるものばかりです。
 
久保出:
アイデアってぽんぽん出てくるものなんですか?
 
大尾嘉:
例えば目の前にステンレスの灰皿があったから漆器と組み合わせて作ってみたり、フレンチとかイタリアン食べに行ってそのままの漆器だと馴染まないけど、形状や技法は伝統的なものを踏襲して表面の漆を艶消し=マット加工にして存在からマッチさせてみたり。新幹線に乗っている時にちょっと良い着物着たちょっと良い風貌の女性達が良いお弁当を食べるのに、安いペットボトルの飲物ってカッコつかんやろって思いついたのがオールインワンの茶器。お湯だけ持って行って、ここに煎茶入れて飲んどったらかっこよくない?って。こんな感じで、バイヤーさんからのこんなの出来ませんか?っていう要望なんかもあるけど、もの考えるのって机の上でも外でもちょっとしたヒントから沢山アイデアが出てくる。それで、素材との組み合わせやちょこっとデザインを変えたり、表面の加工を工夫することですごく新しいものになるんですよ。
 
他にもうちでは『家庭内リサーチ』を行ってます。新しいものを作る時に、色んな形を台所に並べておいて、子供とか嫁はん、母ちゃんに「好きなもの使えやっ」って伝えておく。そしたらどの世代に何が使いやすいかが自ずと見えてくるんです。みんな素直に使いやすいものを使いますからね。他にも気づかなかった改善も出来る。例えばうちで取り扱っている八角箸を家で使っていた時に、豆腐がいつも崩れちゃってたので滑り止めを付けてみた。そうすると、持ち上がるんですね、豆腐。これも大きなセールスポイントになりました。
 
 
 
 
 
 
 
 

“どんな景色が見えるんだろうかと”

 
 
 

 
嘉匠菴公式ホームページ
 
 

大尾嘉:
最近新しく考えてるのは、塗りあがったものを削るのはどうかなって。引き算の方。
 
久保出:
全部じゃなくて何か所かですか?
 
大尾嘉:
そう。塗った後また加工する。今まで漆って重ねる重ねるっていう全部プラスプラスの考え方できたけど、引くってことをしなかったさかい、そうしたらどうなるのかなと。どんな景色が見えるんだろうかと。
 
久保出:
なんか塗りの感じとかも全部違ってくるんですかね。
 
大尾嘉:
真塗とか特に、完成してるものだとプラスチックか木製品だって分からんことも多い。一部分を残して塗るのはすごく大変だけど、完成したのを取ってしまうって簡単じゃないですか。だからざーっと削って欅の木目が見えるだけでも、木ですねって分かる。ちゃと削れるかどうかも分からないけど。
 
久保出:
漆硬いんでやってみてどうなるかですね。でも、面白そう。
 
大尾嘉:
裏の底の部分を残すだけでいいんやけど、側面とかやってる人いないし。まぁ、そんなん考えとる時が一番楽しいんだけど。
 
 
 
 
 
 
 
 
第二回につづく…)
 
 
 
 

第一回おわり(全二回)

 

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