- 対談企画 vol.2 下地師 上田敏樹氏に学ぶ (全二回) -

 
 
 
 

第一回『唯々危機を感じて下地師になった』

 
 

2020/08/31

  

 

私たち山中漆器の器は、いくつもの職人の手を経て完成します。(詳しくはOtaku記事vol.02参照)その様々な工程の中でも、木地屋と密に関係があるのは私たちが挽いて作った器が行く次の工程、下地を塗る作業です。第三回目のの対談相手は、私たち匠頭漆工の器に下地や拭き漆を塗る下地職人の上田敏樹さん。お一人でやられているという工房は、沢山の漆と沢山の木の器が所狭しと並べられ、至る所に拘りがギュッギュッと凝縮したような空間です。
 
相棒の猫のまーちゃんがウトウトと眠る側で、一人で淡々と作業をする上田さんは伺った日も手を止めることなく作業中。改めてお話を伺うということで我らが二代目章二お父さん、三代目貴雄、三代目嫁緋沙子と大勢が集う新しい対談となりました。今回はその一回目をお届けします。(全二回)
 

 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 

"二年ぐらい焼き鳥焼きながら考えとってん"

 
  
 
 
 

 
 
 
 

-常に連絡を取り合い、お仕事を共にしてきた上田さんに改めてお話をお伺いするのは今回が初めて。まずは、ずっと気になっていた下地師になった経緯をお聞きしました。

 
 
 
久保出貴雄/匠頭漆工三代目(以下貴雄):
上田さんって元々この仕事やられてたんですか?
 
上田敏樹氏/下地師(以下上田):
以前は小松の焼き鳥屋さんに勤めとったんよ。でもその前から少しずつ茶道具を中心に拭漆はやっとったんよね。で、本格的に修業せないかんと思って焼き鳥屋を辞めて、修行して下地職人になった。今は拭漆がメインになってしまってるけどね。
 
久保出章二/匠頭漆工二代目(以下章二):
わしも上田くんの師匠と仲が良かったけど、それはそれは拘りのつよーい下地職人だよ。
 
貴雄:
なんで焼き鳥屋を辞めてこの道に入ろうと思ったんですか?
 
上田:
焼き鳥屋にいる時に、下地屋さんという職人がもうおらんようになるよっていうことを人から聞いてたんよ。それで、2年ぐらい焼きながら考えとって、歳いった職人やったら本当に2、3年で仕事出来んくなる可能性もあるし、じゃぁこうやって考えてるだけだといかん!って。だから焼き鳥屋辞めて、師匠の下に仕事習いに行ったんや。
 
貴雄:
家系として下地職人の道があったとかではなくて、唯々危機を感じたんですか?
 
上田:
そうそう。
 
一同:
!!!!!
 
上田:
で、吉田の親父に紹介されてよした華正で下地と拭き漆を学んだ。この辺で拭き漆って言ったらよした華正で有名で、茶道具とか細かいものばっかりやってたよ。
 
久保出緋沙子/匠頭漆工三代目嫁(以下緋沙子):
一番最初に下地師を知ったのはどういうきっかけだったんですか?
 
上田:
拭き漆をしてるた時から木地屋、下地屋、上塗り屋があるってのは知ってて、木地屋と塗師(塗師というと通常上塗り屋さんを意味することが多い)は何となくは分かっとったけど、下地屋は未知だった。ある日下地の仕事見せてやるからって連れて行ってもらったことあって、師匠が「錆」って言われる下地を自分で削り出したヘラで塗っていた様子を見た。いやーこれは簡単に出来んわって思ったんよ。それがきっかけ。
 
章二:
下地さえ腕が良かったら、上塗りなんて簡単やもん。ペンキ塗りと一緒でさ。土台さえ綺麗になっとったら、誰が塗っても綺麗になる。まぁ誰でもっていうのは大げさだけど笑
 
上田:
それで、簡単じゃないってことはしっかり勉強せなあかんし、自分でも腕付けていかないかんなって。難しいことって好きなんよ。簡単なことってばかにしてしまって駄目なんよ。
 
緋沙子:
簡単に出来んって知って逆に燃えたってことですか?
 
上田:
そういうこと。
 
章二:
職人にありがちなことや。変わり者なんやね。職人はみんなそんなんや。でも、面白い出逢いやね。それで下地職人になっちゃうんだから。
 
緋沙子:
その前の拭き漆はどうやって出会ったんですか?
 
上田:
親父がやとったんや。でもこんな(今自分がやってるような)難しいことしてなかったんよ。象谷(ぞうこく)*って知っとる?見たことある?親父は元々木地屋で、この象谷を掘るところからやっとった。じいさんが木地屋をはじめて、親父がそのお手伝いしてたんや。
 
 
 

<*象谷(ぞうこく)>
創始者・玉楮象谷(たまかじ ぞうこく)の名から「象谷塗」と呼ばれる高松名産の香川漆器に代表される塗り。木地に漆の塗りを繰り返し、最後に池や川辺に自生する真菰(まこも)の粉をまいて仕上げる技法。

 
 
 
貴雄:
うちと同じ木地屋家系なんですね!
 
上田:
そうそう。その親父たちの世代…40年前ぐらいかな、そういう加飾された茶托なんかが爆発的に売れて、でそこから始まったんよね。
 
章二:
ちょっと手をかけた彫り物なんかはよう売れとったからなあ。
 
貴雄:
じゃぁ元々身近にこの仕事をする意識はあったんですね。今は他に下地職人さんっていらっしゃるんですか?
 
上田:
一回おらんようになってから、最近は2人か3人若い世代の子たちがなったんじゃないかな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

自然と天候に向き合う

 

 
 
 

 
 
 
 

-下地の工程で全ての工程で用いられる漆。漆は木から頂く生きた塗料だ。他の一般的な塗料が揮発し乾燥することで硬化するのに対して、漆は要素である酵素が酸化することにより硬化をする。要するに、ただ放っておくだけだと硬化し定着しないということ。漆を塗った後、湿度を調整した木の棚の中で乾かす。水分調整による湿度管理が非常に重要で、下に濡れたタオルを引きそこに水を撒いたりしてコントロールしていく。全て手作業での管理となり、日々の天候によっても変わるらしい。(漆に関してはまた改めてOtaku企画で取り上げますね)

 
 
 
貴雄:
これ一工程ずつ湿度で乾かすんですよね?
 
上田:
木地固め⇒目止め⇒磨き⇒拭き漆⇒拭き漆⇒拭き漆 の6工程ね。木地固めは一番最初の漆を染み込ませる作業。それが固まっても木目はまだ穴が開いてるもんだから、本当は向こうまで抜けて穴が抜けてるんだよ。これを砥の粉*でがっちり目止めして埋める。
 
 
 
 

<*砥の粉(とのこ)>
粘板岩など山で砥石を切り出した時に出る粉。みためはきな粉みたいな薄黄色や茶色い粉状のもの。水に溶き建築や家具、器に使われる木に塗る下地材として使われる。器の下地として漆に混ぜて使用される。

 
 
 
 
貴雄:
砥の粉ってその人によってオリジナルなんですか?砥の粉自体は一緒なんですか?
 
上田:
砥の粉自体は大きく分けて2種類。白い色のきめの細かい白砥の粉と、黄色いちょっときめの粗い赤砥の粉。俺は粗い方を使ってる。でも手で触っても細かすぎて違いは分からんよ。
 
章二:
特に自分らが良く使う欅は導管が太いやろ?。だから粗くないと入っても止まらんのやね。ほんとにストローの穴みたいなイメージ。目止めされてないと、手前からコンプレッサーで吹いてみると埃なんかが穴を通ってふわーっと飛んでいく。要はここがしっかり止まってないと、お椀に汁をいれたら漏れるってことや。
 
上田:
こうやって真空管で吸着固定して作業をしていくんやけど、欅にしても水目なんかにしても目が砥の粉で止まってないと、仕事がし辛くてしかたない。(木の目の粗さによって)吸着するやつと吸着しないやつが出てくるのよ。なもんで、全部しっかり目止めするよ。空気がさーって穴を通して抜けちゃうからね。
 
緋沙子:
漆って暑い時期と寒い時期とどっちが塗りやすいとかあるんですか?
 
上田:
乾くのが穏やかだから塗りやすいのは寒い時。でも仕上がりのことを考えると、暑くて湿気がある時綺麗になる。
 
章二:
拭き漆なら大丈夫だけど、上塗りをやっとるそばから早く乾くんで、湿気があると難しいやね。
 
上田:
そうですね。上塗りの調整は難しい。
 
章二:
塗ると厚いとこと薄いところがあるからね。でも漆っていうのはちゃんとした時間で乾かせば、多少のムラがあっても真っすぐになる。
 
章二:
塗る時の天候とかってみるんですか?
 
上田:
天候に合わせて調整するよ。乾燥しとるなって思ったら、水いっぱい撒いて湿度を上げる。寒い時だったら室内の温度をがっつり上げたりする。
 
緋沙子:
なるほど!やっぱり自然と付き合ってる繊細な仕事なんですね。
 
 
 
 
 
 
 
第二回につづく…)
 
 
 
 

第一回おわり(全二回)
 
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